INTERVIEW作業療法士・理学療法士・言語聴覚士
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中山奈保子さんAIAI PLUS 千葉ニュータウン中央・作業療法士
AIAI PLUS 千葉ニュータウン中央・作業療法士 中山奈保子さん
発達に課題のある子どもたちをサポートする多機能型施設「AIAI PLUS」では、作業療法士(OT)をはじめとした専門職であるセラピストが多く活躍しています。AIAI PLUS 千葉ニュータウン中央で働く中山奈保子さんは、OTとしての豊富な経験と養成校での指導経験を生かして、子どもたちの支援のかたわら、AIAI PLUSのセラピストの育成にも携わっています。
療育をはじめ子どもの発達支援に関わるセラピストは日本ではまだ少ないのが現状です。
中山さんが療育に携わったきっかけや、セラピストの役割、育成についてお話をうかがいました。
〈子どもたちを支援しながら、AIAI PLUSのセラピスト育成にも関わっている中山さん〉
1.「発達障害をサポートしたい」と作業療法を学ぶ人が増加
―――中山さんは、OTの養成校で指導されていた経験もあるそうですね。セラピストを目指す方々の間で、就職先として療育は視野に入ってきているのでしょうか?
中山奈保子さん「ここ数年の学生さんたちの動向を見ていると、発達障害へのサポートで作業療法の領域に行きたいという声が増えていますね。OTや理学療法士(PT)の養成校選びの段階から、こうした意向を持っている学生や社会人の方の声がよく聞かれるようになりました。
背景には、発達障害そのものが社会に広く認知されてきたこともありますし、YouTubeなど身近なところで、発達障害に対してOTやPT、言語聴覚士(ST)といったセラピストが力になれる、ということが語られて情報が増えたということがあるのではないでしょうか。
こうした傾向は、ここ4、5年のことです。今後、OTの国家試験においても児童の分野からの出題が増えるとも言われていますし、療育などの児童発達分野からのニーズに対して、OTになろうとする人たちが目を向け始めたのだと思います。」
2.療育の現場でセラピストに求められる役割
―――発達に課題を抱える子どもたちをサポートする療育の現場において、OTをはじめとしたセラピストに求められる役割は?
中山さん「療育の現場では、OTなどのセラピストだけではなく、保育士や特別支援の先生をはじめさまざまな方が活躍されています。そうしたなかでセラピストに求められるのは、より丁寧に、客観的にお子さんをみていくことです。
たとえば、指示をしてもじっと座っていることができないというお子さんがいたとします。
ここでOTは『この子がきちんと座り続けるために必要な心と身体の機能は何だろう?』と考えます。
座り続けていられないのは、身体の重心をしっかり落とすことが難しいのか、それとも注意機能に問題があって落ち着いていられないのか、骨格や筋力に問題があるのか。考えられる原因はたくさんあります。
座っていられない子どもに対して、単に『落ち着きがないから』とせず、身体の使い方や骨格を考える運動学や解剖学、本人と周囲との関係を考える心理学といったいろんな学問領域にまたがって考え、お子さんの特性を見極めていきます。そのうえでその子に合った支援のやり方と、環境を検討し、アプローチしていくことがセラピストの役割だと考えています。」
―――日々の支援のなかでは、どのようなことをされているのでしょうか?
中山さん「たとえば(手足を床につき、おなかは仰向けにして腰を浮かせて前後に動く)クモ歩きをしよう!となったときに、できない子がいたとします。この子はどこでつまづいているのか。
もし、自分の身体の部位がどこにあるのかうまく把握できていないのだとすれば、その子の身体に触れてゆっくりと座ってもらうところから始めます。
そうではなくて、身体はしっかりしているけれど、目線が安定しなくて動けないのだとすれば、目線を向ける方向から声をかけるようにします。そうして一人ひとりに合った支援、個別最適な支援を目指します。
経験のある保育士の先生は、その子に適した環境づくりや声がけを自然にされていて、とてもよい支援をされていますが、お聞きしてみると手探りでされている部分があるようです。
一方、保護者の方々の多くはお子さんに『お友達と仲良く過ごせるようになってほしい』『読み書きや言葉を出せるようになってほしい』という願いをお持ちです。
そのために、なぜ今運動プログラムが必要か、保護者の方々と連携していくためにもセラピストの視点やアセスメント(課題分析)によって、説明しやすくなり共通理解が得られやすくなるのかな、と考えています。」
3. 児童発達や療育に関わったきっかけ―東日本大震災で被災
―――中山さんはOTとして豊富な経験と養成校での指導経験もありますね。児童発達分野に関わるきっかけは何でしたか?
中山さん「OTとしての経験は25年くらいになります。でも、子どもに関わったのは2011年の東日本大震災がきっかけでした。実は児童発達分野というより、もっとざっくり『子どもに関わった』という感じなんです。
当時、私は宮城県石巻市に住んでいました。子どもは1歳と5歳。何とか避難できたものの、堤防建設のため自宅に住み続けることが難しくなりました。上の子は幼稚園に行けなくなり、好きだった公園もなくなりました。慣れない避難生活で大人でさえ気持ちは不安定になります。忙しいうえに気持ちに余裕がないので子どもと遊ぶことができません。遊び場もないんです。
家族を亡くした子はもちろん、環境が一変して心身が不安定になってしまう子どもたちを毎日のように目の当たりにしていました。
〈石巻市に住んでいた中山さん。震災後初めて自宅に戻った日に撮影した子どもたちの写真=中山さん提供〉
〈家具が倒れてしまった自宅のダイニングルーム=中山さん提供〉
そうしたなかで、被災地で子どもたちを笑顔にできる遊び場を作れないかな、と考えて任意団体を立ち上げました。遊び場づくりと同時に、つらい経験だったとしても震災を忘れないでいてほしいと思い、手記を集めて漫画にしたりといった活動を4、5年続けました。
こうした活動をしている間、後で何かの役に立つかも知れないと毎日活動日記をつけていました。それを持って星槎大学大学院に入ったんです。修士号をとって次の研究を考えているときにAIAI PLUSのことを知りました。発達特性のあるお子さんと関わる保育園の先生のお悩みや未就学期の支援がすごく大事だということを知り、特性があってもいろんな大人と関わっていける子になれるといいなと思ったんです。私が被災地で感じていたこととつながって療育の道を選びました。」
―――発達に特性があってもいろいろな人と関われるように、という願いは被災された経験とそこからの活動からのものなのですね。
中山さん「はい。普段AIAI PLUSで支援を行っていても『この子が社会に出たとき、独りぼっちにならないかな』とか『大きな災害があっても周りの人と助け合って生きていけるかな』とか常に考えます。
大学院では、特別支援が専門の先生に出会い、かつて特別支援教育がきちんとなされなかった時代に生きた人がどういう大人になったかを話してくれたことがあります。それを聞いて、一人として排除してはいけない、まさに誰一人取り残さないために未就学期の療育ができることはすごく大きいし大切だと実感しています。」
〈AIAI PLUSの各施設を巡回し、セラピストの育成に携わる。セラピスト以外のスタッフとの連携も大切。〉
4. 療育だからこそ感じるやりがい
―――OTをはじめとしたセラピストは、医療機関で働く方が多く、療育に携わる方はまだ少ないと聞きます。療育の現場にいてよかったと思えるのはどんな瞬間ですか?
中山さん「OTでいうと日本には約9万4000人いますが、児童発達分野に携わる人はまだこのうちの数%です。これは制度による要因が大きいのですが、海外では学校や通所施設などで働くOTは大勢いると聞きます。日本もこれから少しずつ増えてくれると良いのですが。
やっていてよかったと思えるのは、子どもがそれまでできなかったことができた瞬間ですね。それも助けを借りずに自分一人でできたり何かを表現できるようになったとき。その喜びをスタッフや保護者さんと分かち合えたときです。そういうときは必ず次につながりますし、頑張ろうと思えます。」
5. AIAI PLUSにおけるセラピストの育成
―――中山さんはAIAI PLUSでご自身がOTとして子どもの支援に関わるだけでなく、他のOTや、理学療法士(PT)、言語聴覚士(ST)といったセラピストの育成にも携わっていますね。
中山さん「はい。月に一度、OTやPT、STを中心に集まる『セラピストミーティング』を開いて、それぞれのセラピストが担当している実際の事例を検討し合ったり、意見交換をしたりしています。ミーティングの全体目標は『子どもの課題を発見する力を付けよう』ということです。そしてそれをセラピスト以外のスタッフに伝達し、支援を実践していく力を養うことです。
その子がなぜ困っているのか、それを身体と心の機能、周囲の人との関係、子どもが置かれている環境など、あらゆる面から情報を集め分析して課題を探ります。その思考過程を整理し強化できればと考えています。加えて、セラピストの学びを支援するため「子ども理解講義」と題して、社会問題や学術論文などをテーマに学習会やビデオリファレンスも開催しています。
また、それぞれのAIAI PLUSの施設を訪ねてセラピストの活動をモニタリングし、1 on 1(1対1で行う面談)を実施したり、施設長さんとセラピストの役割やお仕事、支援の方向性を話し合ったりしています。
熟練したセラピストは、子どもの状況、親御さんとの会話、私たちが守るべき子どもの権利など本当に多様な視点から考えることができますし、自分だけで判断せずに周囲の意見や見方を聞くことができます。1 on 1ではそういった多様な視点を身につけ、気づきを得てもらえるよう本人の思いを大事にして臨むように心がけています。」
〈施設長とも面談しセラピストの役割や課題を共有〉
―――セラピストの育成で難しいと感じることは?
中山さん「セラピストでありがちなのが、子どもを『機能からしかみない』ということなんです。専門職としてそれを学んでくるのでどうしてもそこにいってしまう。科学的、診断的なアプローチに偏ってしまいがちなんです。
しかし、当たり前ですが子どもは『今』を生きています。
今、社会で何が起きているか。学校や幼稚園、保育園で何を求められているか。子どもは社会全体で育てられている。だからセラピストも視野を広げて、子どもが社会から排除されず、生きていけるような支援をすることが大切だと思っています。
セラピスト以外の保育士さんや特別支援教諭をはじめ、多くの先生方との連携やさまざまな視点から子どもを理解すること。こういったことができてくると数カ月で子どもは変わります。
子どもだけでなく親御さんも変わります。例えば『お箸を使えるようにしてほしい』といったゴールだったのが、視野が広がって子どもの目線や現状に合わせたゴールを見てくれるようになります。」
―――現場のセラピストとの関わりについて、もう少し教えていただけますか?
中山さん「セラピストのモニタリングでは、主に運動プログラム(粗大運動)をみます。ほとんどは彼らのやり方を見守るだけなのですが、先日は子どもに声掛けをしてみました。すると自身との声掛けとの違いや子どもの反応の違いに気づいてくれた人がいました。
AIAI PLUSの運動プログラムは非常によく考えられていて、30分の運動の時間のなかでさまざまな発達にかかわる支援ができます。丁寧にアセスメント(課題分析)をして、スタッフが協力しきちんと場を作っていけば子どもの身体はきちんと作れます。それに学習プログラムを組み合わせれば発達をトータルでサポートできます。
先日は新卒のセラピストに『今のプログラムを通して子どもにどんな体験をしてもらいたいか』を意識してもらうことを話しました。経験が少ないのでそこまで考えられなかったり、プログラムを回すことで精一杯といったことは珍しくありません。しかし、意識して積み重ねることでみんな確実に成長しています。一人で悩むことなく一緒にやっていこうね、という気持ちでやっています。」
〈運動プログラム(粗大運動)のモニタリング。子どもとセラピストを両方観察し気づきを促す助言を行う。〉
6. 療育に向いているセラピストとは
―――療育に向いているセラピストはどんな方ですか?
中山さん「よく遊びよく学ぶ人。子どもを楽しませるのが好きな人に向いていると思います。子どもと遊ぶことを自分が楽しめる人です。
私が学生だったころ、発達障害が専門の先生がハンカチを1枚置いて『これで遊びを10個考えてみて』と言ったんです。そう言われたとき『めんどくさい』と思わずに『え、10個? 何しよっかな』と楽しめる人がいいですね。
OTをはじめとするセラピストはあらゆる日常の活動にかかわるというだけでなく、その人の人生そのものをクリエイトしていくきっかけになる仕事です。また人と人とをつないでいく役割もあります。
療育にはお子さん本人と親御さんをはじめ家族はもちろん、幼稚園や保育園の先生、お友達といったいろんな方の思いが詰まっています。それを受け止め理解したうえで、一緒に成長をサポートしていけるといいなと思っています。」